結論:外資MESは「機能で負ける」のではなく「スタックで外れる」
信創(信息技术应用创新、情報技術応用イノベーション)は、中国が国家安全保障の観点から情報技術基盤の国産化を進める政策の総称です。日本語の解説では「中国製ソフトを優先する政策」と要約されることが多いのですが、この理解では実務判断を誤ります。
正確には、信創はCPU・OS・データベース・ミドルウェア・アプリケーションを組み合わせ単位で認証する制度です。したがって外資のMESが排除されるのは、機能評価で負けるからでも、価格で負けるからでもありません。認証済みの国産CPU/OS/DBの組み合わせ上で動作検証されたスタックのリストに載っていない、という形で候補から外れます。
この違いは提案活動の設計に直結します。機能比較表を厚くしても、ベンチマークテストで勝っても、スタック認証の有無は覆りません。
認証されるのは「層」ではなく「積み木の組み合わせ」
現場でよく起きるのは、次のような事態です。日本本社標準の外資MESは、Windows Server と Oracle/SQL Server を前提に構成されています。信創要求のある納入先向けに、これを麒麟OS+達夢データベース+鯤鵬CPUの構成へ載せ替えようとすると、アプリの動作以前に、ベンダー本社が保守対象として認めていないという壁に当たります。技術的に動くかどうかと、ベンダーが保守を約束できるかどうかは別問題です。
国産化率60%の意味と、要求が発生する取引の見分け方
观研天下の2024年時点の集計では、中国の工業ソフトウェアの国産化率は種類によって差があります。
| ソフトウェア種別 | 国産化率(2024年) |
|---|---|
| 経営管理類(ERP等) | 約70% |
| 生産製造類(MES/MOM等) | 約60% |
| 運用保守サービス類 | 約50% |
出所:观研天下(2024年時点の集計)
MES/MOMの国産化率が60%というのは、裏を返せば4割は依然として外資または非国産スタックであるという意味でもあります。信創は全産業に一律で適用される規制ではなく、適用の強さは業種と発注者の属性で決まります。
信創要求の強さは、おおむね次の順に弱くなります。
- 軍需・防衛関連 — ほぼ例外なく要求される
- 重要インフラ(CII:関键信息基础设施)認定を受けた事業者 — 電力・通信・交通・エネルギーなど
- 中央国有企業・地方国有企業の本体工場 — 国資委の「国有企業デジタル化転換行動計画」「AI+専項行動」の推進により要求が強まっている
- 国有企業へ納入するティア1・ティア2サプライヤー — 発注者から連鎖的に要求される場合がある
- 民営企業・外資企業の自社工場 — 原則として要求されない
日系工場が信創に直面する典型は4番です。自社は外資系企業だが、納入先が中央国有企業で、その調達要件にデータ連携システムの信創対応が含まれている、というパターンです。
実務対応:二重運用を避ける3つの設計
信創要求が発生した場合に、日系工場が取り得る設計は主に3つです。いずれも一長一短があり、どれが正解かは出荷先構成で決まります。
A:全面移行。工場のMESを信創対応の国産製品に入れ替えます。納入先要求は完全に満たせますが、日本本社の標準MESとの連携設計を作り直すことになり、拠点間のKPI定義が分岐しやすくなります。
B:接続層のみ分離。基幹のMESは本社標準のまま維持し、国有企業向けのデータ提出・連携を担う部分だけを信創対応スタック上の別システムに切り出します。実務ではこれが最も採用されやすい形です。切り出す単位は「取引先ごとの帳票・データ提出」であり、生産実績の原本はMES側に残します。
C:ローカル現場アプリの分離。MESはグローバル統一、現場端末側のアプリと帳票をローカル製品にする分離です。多言語・多帳票への対応も同時に解決できますが、実績データの二重入力が起きないようインタフェース設計を厳密にする必要があります。
価格圧力という副次的な効果
信創は選定条件であると同時に、価格の基準も変えています。ベンダー系メディアが公開している中国国内のプロジェクト単位の価格レンジは次のとおりです(ベンダー系情報であり参考値として扱ってください)。
| ベンダー | プロジェクト単位の価格レンジ |
|---|---|
| Siemens Opcenter | 150〜400万元 |
| SAP MES | 180〜450万元 |
| Schneider | 120〜350万元 |
| 宝信软件 | 60〜180万元 |
| 中控技术 | 50〜150万元 |
| 用友/金蝶 | 40〜120万元 |
国産勢が外資の概ね3分の1という価格帯にあるため、信創要求のない案件でも、現地の購買部門が価格の相場観をこのレンジで持っていることになります。日本本社標準の外資MESを中国拠点に展開する際、現地から「同じことが3分の1でできるのになぜ」という指摘が出るのは、この相場観が背景にあります。機能差・保守体制・グローバル統制の価値を、金額の差として説明できるようにしておく必要があります。
中国拠点でのMES投資が承認されにくくなっている事情(ジェトロ調査で事業拡大予定が21.3%と調査開始以来の最低水準)と合わせると、この価格差の説明責任は年々重くなっています。中国ベンダーの全体像は中国MESベンダー地図を、政策側の需要ドライバーは智能工厂の4段階認定と補助金を参照してください。
よくある質問
信創対応の可否はどこで確認できますか
最も確実なのは、発注者(納入先)の調達仕様書に書かれた要求を直接確認することです。信創関連の互換性認証情報はベンダー側でも公開されますが、実際に適用される基準は発注者の業界と等級によって異なります。ベンダーに「信創対応済みですか」と聞くだけでは不十分で、「どのCPU・OS・DBの組み合わせで、どの版数まで検証済みか」まで確認してください。
外資MESを使い続けたまま信創要求に対応する方法はありますか
本文のB案(接続層のみ分離)が現実解になる場面が多いと考えています。基幹のMESは変えず、国有企業向けのデータ提出機能だけを国産スタック上に切り出す設計です。ただしこれが認められるかは発注者の解釈次第であり、事前に発注者側の情報部門と要求範囲をすり合わせる必要があります(この見立ては推測を含みます)。
信創は今後さらに厳しくなりますか
国資委は2026年7月27日に「央企AI戦略的高価値シーン」「業界高品質データセット」「国資央企智能软件工厂联合筑基工程」などを相次いで公表しており、国有企業のシステム内製化・国産化の方向は継続しています。ただし民営企業・外資企業に対して一律適用が広がるという公式方針は確認できません。現時点では「国有企業・CII向けの取引を持つ企業に限定して影響が強まる」と読むのが妥当です(推測を含みます)。
