「後から変えられない項目」だけを先に決める

マスタ設計の議論は、項目を漏れなく洗い出そうとすると終わりません。実務では、次の3種類に仕分けてから進めるのが速い方法です。

  • 後から変えられない項目:コード体系の桁数と意味、キーの粒度、履歴の持ち方。稼働後の変更はデータ移行を伴う
  • 後から追加できる項目:属性項目、区分、フラグ。テーブルに列を足せば済む
  • 運用で決まる項目:命名規則、承認フロー、メンテナンス頻度。稼働直前でも間に合う

設計工数の8割を、1つ目に集中させてください。逆に2つ目と3つ目に時間を使う会議は、たいてい成果が出ません。以下、後から変えられない項目を中心に4マスタを見ていきます。

MESの品目・工程・設備・作業者マスタの関連図 品目マスタ 品目コード/版数/単位 工程マスタ 工程コード/標準時間 設備マスタ 設備コード/能力/校正 ルーティング 品目×工程順序×設備 作業者マスタ 要員コード/資格・力量 製造BOM 工程別の部品構成 製造指図 / 実績データ いつ・誰が・どの設備で・何を・どれだけ作ったか 分析・トレース・原価・KPI(実績の粒度を超える分析はできない)
MESの4マスタの関連。実績データは4マスタすべてを参照するため、どれか1つの粒度が粗いと分析全体の粒度が決まってしまう。

品目マスタ:ERPのコードをそのまま使えない場面

原則として、品目コードはERPを正とし、MESは受け取る側に立ちます。二重にメンテナンスする体制は必ず破綻するためです。ただし、そのままでは足りない場面が3つあります。

① 中間品にERPコードが振られていない。 ERPは受払が発生する品目にしかコードを持たないことが多く、工程間の仕掛品にコードがない場合があります。MESは工程間の受け渡しを記録するため、中間品を識別する必要があります。この場合、MES側で中間品コードを採番し、ERP品目コードとの対応表を持つ設計にします。中間品コードをERPへ逆流させるのは避けてください。ERPの品目数が数倍に膨れます。

② 版数(リビジョン)の扱いが違う。 設計変更のとき、ERPは同じ品目コードのまま図面番号を差し替える運用が一般的です。しかしMESでは、どの版で作ったかを実績に残す必要があります。品目コードとは別に版数をキーの一部として持つか、実績側に版数を記録するかを最初に決めてください。ここを決めずに稼働すると、リコール時に「どの版のものか」を追えません。

③ 顧客別・仕向地別の差異。 同一製品でもラベルや梱包が異なる場合、ERPでは別品目コードになっていることも、同一品目のオプション扱いになっていることもあります。MESの作業指示は物理的に違う作業を指示する必要があるため、指示が分かれる単位でコードが分かれているかを確認してください。

工程・設備・作業者マスタの粒度

粒度の判断基準は共通しています。「その単位で実績を取りたいか」ではなく「その単位で判断や改善をするか」です。取れるだけ細かく取ると、入力負荷だけが増えて誰も使わないデータが積み上がります。

工程マスタの粒度は、実績登録のタイミングと一致させます。作業者が端末を操作するポイントが工程の切れ目です。1つの工程に10分以上の作業が入る場合は分割を検討し、逆に30秒の作業ごとに登録を求める設計は現場が回りません。標準時間は工程マスタに持ちますが、製品ごとに異なる標準時間は工程マスタではなくルーティング側に持つのが定石です。

設備マスタで見落とされるのは、階層構造です。「ライン → 設備 → ユニット」の3階層を持てるようにしておかないと、後からOEEをライン単位で見たいという要求に応えられません。加えて、次の3項目は設計時点で持たせてください。稼働後に追加するとマスタの一斉更新が発生します。

  • 校正期限:未校正の設備での作業を止める制御の前提になります
  • 設備の代替グループ:故障時にどの設備で代替可能かの定義
  • データ取得の可否と方式:自動取得か手入力か。設備接続の実態に合わせる

作業者マスタは、人事システムのコードを流用するかどうかが最初の判断です。流用すると異動・退職の反映が自動化できる一方、派遣社員や請負作業者が人事システムに載っていない場合に穴が空きます。MESが必要とするのは「この工程を担当した人物を一意に識別できること」であり、雇用形態は問いません。人事コードと、MES独自の要員コードを併存させ、対応づける設計が現実的です。資格・力量の情報は人事側にないことが多いため、MES側で持つことになります。

稼働前に確定させるべきチェックリスト

要件定義の終盤で、次の項目に○がついているかを確認してください。1つでも空欄があれば、それは設計フェーズではなくテストフェーズで問題になります。

#確認項目決めていないと起きること
1品目コードの正はERPかMESか二重メンテナンスと不整合
2中間品のコード採番ルール工程間の受け渡しが記録できない
3版数(リビジョン)を実績に残すか設計変更前後のロットを区別できない
4有効日(いつからいつまで有効なマスタか)過去実績を現在のマスタで再計算してしまう
5設備マスタの階層(ライン/設備/ユニット)OEEをライン単位で集計できない
6校正期限の保持と、期限超過時の挙動未校正設備での作業を止められない
7作業者コードと人事コードの対応派遣・請負の作業者を識別できない
8資格・力量の有効期限と失効時の挙動資格切れの作業者が作業できてしまう
9マスタ変更の承認者と履歴の保持誰がいつ変えたか追えず、監査で指摘される
10多拠点での共通マスタと個別マスタの切り分け横展開時に全マスタの作り直しが発生

このうち4番の有効日は、実装経験上、最も指摘が遅れる項目です。マスタを上書き更新する設計にすると、過去の実績を表示したときに現在のマスタ情報が表示されます。標準時間を変更した翌日に、3か月前の実績の能率が変わって見える、という事象が起きます。マスタは上書きせず、有効期間を持つ履歴型にしておくのが原則です。

10番については、第1版が単一拠点でも先に決めておく価値があります。マルチサイトMESの設計で扱うとおり、共通・個別の切り分けは後付けが最も高くつく設計判断です。

マスタの運用を、稼働前に誰かに割り当てる

マスタ設計の失敗のうち、設計そのものより多いのが運用設計の欠落です。品目は毎月増え、設備は入れ替わり、作業者は異動します。稼働前に次の3点を決めておかないと、半年でマスタが実態と乖離します。

  1. 登録・変更の申請と承認を誰が行うか。 現場が自由に追加できる設計にすると、同じ設備が表記違いで複数登録されます
  2. ERPからの連携で自動反映される項目と、MES側で手入力する項目の区別。 自動反映される項目をMES側で編集できる設計にすると、次の連携で上書きされて混乱します
  3. 使われなくなったマスタの扱い。 削除ではなく無効化にしてください。削除すると過去実績が参照できなくなります

3番は当たり前に見えますが、稼働から数年後、マスタ一覧が使わないコードで埋まってきたときに「整理」の名目で削除が提案されます。そのときに備えて、無効化はできるが削除はできないという制約をシステム側に持たせておくのが確実です。

よくある質問

ERPを導入していません。マスタはMESで持ってよいですか?

持って構いませんが、その場合MESが全社の品目マスタの正になるため、将来ERPを導入したときの主従関係を先に想定しておいてください。実務的な進め方は、MES側で持ちながらも「ERPを導入したら正を移す」前提でコード体系を設計することです。具体的には、MESの内部的な都合(工程管理上の分類など)をコードに埋め込まないようにします。

マスタ移行のデータはどこまで整備すべきですか?

稼働時点で実際に生産する品目だけで十分です。過去に生産したが現在は流れていない品目まで移行すると、件数が数倍になり、検証工数がそのまま増えます。過去品目は参照が必要になった時点で追加登録する運用にしてください。ただし、リコール対応で過去ロットの遡及が必要な業種は例外です。この場合は移行方針を既存システムからの移行の計画に含めて検討してください。

不良コードもマスタとして最初に設計すべきですか?

はい。不良コードは後から体系を変えると過去データとの比較ができなくなるため、実質的に「後から変えられない項目」に分類されます。特に、階層を持たせるか(大分類・中分類・小分類)、責任区分(自工程・前工程・材料・設備)を別項目で持つかは最初に決めてください。詳しくは不良コード体系の設計で扱います。