同じ年の決算が、これほど分かれた
2025年通期の中国の製造業向けソフトウェア企業の決算を並べると、業績の差が業種や規模ではなく収益モデルの違いで説明できることがわかります。
用友と金蝶は、いずれも中国を代表するERPベンダーとして長く並び称されてきた企業です。2025年通期で、片方はクラウド転換を完了して黒字化し、もう片方は13.89億元の純損失を計上しました。両社とも株式時価総額はピーク比で80%超下落しており(用友は約338.28億元=2026年6月11日時点、金蝶は約260.18億香港ドル)、市場からの評価は依然として厳しい状態にあります。
「請負」モデルは何が構造的に苦しいのか
中国のMES事業も、もともとはプロジェクト請負が主流でした。顧客ごとに要件を聞き、作り込み、検収を受けて売上を計上する。日本のMES市場と同じ形です。
このモデルの構造的な問題は3つあります。
第一に、売上が案件の波に完全に連動します。宝信软件の2025年通期は、ソフト開発・エンジニアリングサービス部門が71.64億元(前年比−27.71%)と大きく落ち込みました。鉄鋼業界の設備投資抑制が、そのままMES事業の売上減として現れています。一方で同社のIDC(データセンター)事業は37.65億元(+2.98%)と横ばいでした。ストック型の事業だけが落ちなかったわけです。
第二に、粗利率が人月単価で頭打ちになります。作り込み型は、売上を伸ばすには人を増やすしかありません。中国のエンジニア人件費は上昇を続けており、「人件費が安いから中国のMESは安い」という前提は既に崩れています。
第三に、ソフト資産が蓄積しません。顧客ごとの作り込みは、次の案件に再利用できる部分が限られます。研究開発投資を回収する主体が存在しないため、AI機能のような大型投資に踏み込めません。
用友の2025年通期のR&D投資は24.27億元で、売上比26%超という異例の水準に達しています。同社はAI関連契約額16.7億元を確保し、2026年5月20日にはエージェント基盤「YonClaw」の招待コードを開放しました。ただし、この規模の投資を請負型の収益で支えるのは容易ではありません。損失の背景には、モデル転換のための先行投資が重なっている面があります(この解釈は推測を含みます)。
中小工場市場が、サブスクの実験場になった
サブスクへの転換が最も進んだのは、大企業向けではなく中小工場向けの市場です。
黑湖科技は、クラウドネイティブのMESを月額・年額課金で中小の離散加工工場に販売し、黒字化を達成しました。2026年4月23日には創業以来6回目となる約10億元のDラウンド調達を完了しています。投資家には国香资本(商汤系)、上海国投先导基金、智盈投资(复星系)に加えて、国家人工智能産業投資基金が名を連ねました。MESが国家戦略資産として扱われていることを示す事実です。
この市場が成立した背景には、中小企業デジタル化転換の都市試点があります。3期累計101都市に中央財政補助が投下され、省都・計画単列市で最大1.5億元、その他地級市で最大1億元。補助金の80%以上を企業のデジタル化に充てることが要件とされています。サブスク型のクラウドMESは、この補助金の受け皿として最も摩擦が少ない商材でした。導入までの期間が短く、初期投資が小さく、補助対象として金額の説明もしやすいためです。
| 観点 | 請負型MES | サブスク型クラウドMES |
|---|---|---|
| 売上計上 | 検収時に一括 | 契約期間にわたり按分 |
| 顧客の初期負担 | 大きい(Capex) | 小さい(Opex) |
| 導入期間 | 数ヶ月〜1年超 | 数週間〜数ヶ月 |
| ベンダーの再利用資産 | 案件ごとに分散 | 製品に集約される |
| 解約リスク | 検収後は低い | 常時ある(継続的な価値提供が必要) |
| 補助金との相性 | 単年度の投資額が大きく審査が重い | 対象金額が明確で申請しやすい |
日本のMES市場との差
日本のMES市場は、依然として個別受託開発とオンプレミス導入が主流です。この違いは技術の遅れではなく、顧客側の調達慣行の差という側面が大きいと考えられます。
日本では、システム投資が減価償却を伴う資産計上として稟議されることが多く、月額課金への切り替えは経理・購買のルール変更を伴います。加えて、要件を先に固めてから発注するという調達文化が、作り込み型を前提としています。逆にいえば、サブスクへの転換を阻んでいるのはベンダーではなく、発注側の稟議の作法という部分があります(この評価は推測を含みます)。
「転換できたか」は日本にも同じ形で来る
欧米のMESベンダーでも、ライセンスのサブスク移行は同時進行しています(MES予算がCapexからOpexへ)。つまり日本のMES市場は、中国と欧米の双方から、同じ方向の圧力を受けている状態にあります。
ここで重要なのは、サブスク移行が「安くなること」ではないという点です。5年間のTCOで見れば、サブスクのほうが高くなるケースは珍しくありません。移行が意味するのは、コストの絶対額ではなく次の3つです。
- 導入判断の可逆性が上がる。合わなければやめられるため、小さく始めやすくなります
- ベンダーの収益が継続的な価値提供に紐づく。導入後に放置されるリスクが減ります
- 製品の改善速度が上がる。案件ごとの作り込みではなく、製品に投資が集約されるためです
中国で起きたのは、この3点を先に取りに行った企業(金蝶・黑湖)が生き残り、請負型の売上構造を抱えたまま大型のAI投資に踏み込んだ企業(用友)が苦しみ、案件の波に依存する企業(宝信)が業界の投資抑制に直撃された、という選別です。日本のMESベンダーにも、そして発注側の調達部門にも、同じ選択が数年以内に来ると考えるのが自然です。
よくある質問
中国のクラウドMESを日本の工場で使えますか
技術的には可能ですが、実務上の障壁があります。日本語UI・国内サポート・契約準拠法・データ保管地の4点を確認してください。特にデータ保管地は、中国拠点向けと日本国内向けで要件が正反対になることがあります。日本国内での採用を検討するなら、国内のクラウドMES/SaaS型製品と同じ土俵で比較するのが現実的です。
サブスク型MESの価格は本当に安いのですか
初期費用は明確に安くなりますが、5年・10年のTCOでは逆転することがあります。中国国内のプロジェクト単位の価格レンジでも、国産勢が外資の約3分の1という水準はプロジェクト型の比較であり、サブスクとの単純比較ではありません。比較する際は、①契約期間、②ユーザー数・拠点数の増加時の課金、③カスタマイズ部分の扱い、の3点を揃えてから並べてください。
用友の赤字は中国のMES市場が縮小しているという意味ですか
そうは読めません。同じ市場で金蝶は増収黒字、黑湖科技は成長率60%超です。用友の損失は市場縮小ではなく、収益モデル転換とAI投資の先行負担という個社要因の色が濃いと考えられます(推測を含みます)。中国MES市場全体の規模については、定義次第で数字が4〜5倍に開くため、単一の数字で語らないほうが安全です。
