最初に書くのは「やらないことリスト」
MES導入の計画書は、ほぼ例外なく「やること」の列挙で始まります。しかし現場説明会で必ず出るのは「あれはできるのか」「これは入るのか」という質問で、やることリストではこれに答えられません。リストに載っていない機能について、載っていないから対象外なのか、まだ書いていないだけなのかが区別できないからです。
実務的に効くのは、構想策定の段階で「第1版ではやらないこと」を10〜20項目、明文化しておくことです。書き方は次のようにします。
第1版の対象外 ・原価計算(実績データはERPへ連携するが、MES内では原価を持たない) ・生産スケジューリング(既存のExcel計画表を継続。MESは確定した指図を受け取るのみ) ・金型・治具の管理(第2版で検討。第1版では設備マスタに紐づけない) ・購買・受入検査(QMS側で継続)
括弧内が重要です。「やらない」だけでなく「代わりにどうするのか」を書くと、これは制約ではなく設計判断の記録になります。稼働後に「なぜMESで原価を見られないのか」と問われたとき、この一行があるかどうかで説明のしやすさがまったく違います。
3つの軸でスコープを切る
スコープの切り方は、工程・機能・拠点の3軸で考えると整理できます。この3軸を同時に広く取ると、必ず破綻します。
3軸のうち、工程軸は最も切りやすく、拠点軸は最も切るべき軸です。拠点軸を広げると、工数は足し算ではなく掛け算で増えます。拠点ごとに設備が違い、帳票が違い、担当者が違うためです。
一方、機能軸を切るときには注意点があります。機能は後から足せますが、その機能が必要とするデータの粒度は後から変えられません。第1版で分析機能を外すのは正しい判断ですが、「将来の分析に必要な粒度でデータを取っておく」ことまで外してはいけません。これが「小さく始める」と「小さく作る」の違いです。
ERPとMESで迷いやすい7項目
スコープ議論で時間を使うのは、機能の要否ではなく「それはERPの仕事かMESの仕事か」という境界の判断です。実務で頻出する7項目について、判断の考え方を示します。どちらが正解というものではなく、判断基準を先に決めておけば議論が短くなるという性質のものです。
| 項目 | ERP側に置く場合 | MES側に置く場合 | 判断の基準 |
|---|---|---|---|
| 在庫引当 | 標準的な構成。原価と直結する | 工程内仕掛のみMESで持つ | 引当の単位が「品目」ならERP、「ロット・個体」ならMES |
| 生産スケジューリング | 中日程まではERP/APS | 当日の順序組み替えはMES | 計画の見直し周期が「日」以上ならERP、「時間」単位ならMES |
| 工程内検査の結果 | 記録のみERPへ集約 | 判定と後続の可否制御をMESで | 検査結果で作業を止める必要があるならMES |
| 作業者の勤怠 | 勤怠システムまたはERP | MESには持たない | MESが持つのは「誰がこの工程を担当したか」であって出退勤ではない |
| 設備保全の計画 | EAM/CMMS | 稼働時間トリガの保全通知のみMES | 保全の起点が「暦」ならCMMS、「稼働実績」ならMES起点 |
| 実際原価の計算 | ERPで計算 | MESは実績を渡すのみ | 原価をMESで計算すると二重管理になる |
| 出荷ラベル発行 | WMSまたはERP | 製造ロットに紐づく個体ラベルはMES | 発行のトリガが「出荷指示」ならWMS、「工程完了」ならMES |
この表で一貫している考え方は、「そのデータが発生する瞬間に、どのシステムがその場にいるか」です。工程完了の瞬間に立ち会っているのはMESであり、出荷指示の瞬間に立ち会っているのはERPやWMSです。データは、発生した場所で1回だけ登録するのが原則になります。詳細な設計はMESとWMSを連携させる設計やMESとAPSの境界で個別に扱います。
スコープ拡大の要求に、どう答えるか
スコープは、要件定義の途中と、テストフェーズの2回、必ず膨らみます。断ることが目的ではなく、判断を記録に残しながら処理することが目的です。運用として次の3ステップを決めておくと機能します。
- 受け付ける窓口を1つにする。 現場からベンダーに直接依頼が飛ぶ経路を塞ぎます。これを塞がないと、誰も総量を把握できません
- その場で判定せず、「第1版/第2版/実施しない」の3分類に仕分ける。 「検討します」は使わないでください。3分類のどれかに必ず入れます
- 第1版に入れる場合は、代わりに外す項目をセットで提示する。 期間と工数が固定されている以上、これが唯一の誠実な進め方です
3番目が実行できるかどうかは、最初に「やらないことリスト」を作っていたかに依存します。やらないことが書かれていれば、そこから入れ替える議論ができます。書かれていなければ、追加は常に純増になります。
なお、テストフェーズで出てくる拡大要求のうち一定数は、本来は要件定義で拾うべきだった例外処理です。これは純粋な追加要求とは性質が違うため、仕分けの際に区別してください。区別せずに全部を「第2版」に送ると、第1版が現場で使えないまま稼働します。
第2版を確実に始めるための条件
第1版でスコープを絞る判断は、第2版が実行される前提で初めて成立します。ところが実際には、第1版の稼働で予算も体力も尽き、第2版が始まらないまま数年が経過するケースが多くあります。これを避けるには、第1版の稟議の時点で次の2つを書き込んでおくのが有効です。
- 第2版の予算枠を、金額ではなく「時期と判断基準」で確保する。 「第1版稼働の6か月後に効果測定を行い、その結果をもって第2版の投資判断を行う」と書いておけば、意思決定の場が自動的に発生します
- 第1版の効果測定項目を、稼働前に決めておく。 稼働後に測定項目を決めると、都合のよい数字を後から選ぶことになり、第2版の説得力が落ちます
効果測定の項目としては、入力工数の削減時間、トレース調査にかかる時間、不良の流出件数など、MESの導入前に実測できる指標を選んでください。導入後にしか測れない指標は、比較ができないため投資判断に使えません。
よくある質問
経営層から「全工程を一度にやれ」と言われています。
まず工数を掛け算で見せてください。工程数×ライン数×拠点数が、そのままテストケースの規模になります。加えて、全工程を同時に対象にすると、稼働日にすべての工程が同時に新しいやり方に変わることになり、切り戻しができません。段階展開が「遅い方法」ではなく「止まらない方法」であることを、切り戻し計画の観点から説明するのが現実的です。
第1版のスコープが小さすぎると、効果が出ずに評価されないのでは?
その懸念は妥当です。対処は範囲を広げることではなく、効果が数字で出る工程を第1版に選ぶことです。具体的には、①手書き記録が多く入力工数を削減できる工程、②トレース調査の依頼が実際に発生している工程、③不良の発見が後工程にずれ込んでいる工程。この3条件のいずれかを満たす工程を選べば、範囲が狭くても効果は測定できます。
「やらないことリスト」を現場に示すと反発されませんか?
経験上、逆です。反発が起きるのは、期待させておいて実装されなかったときです。最初から対象外だと明示し、かつ「代わりに現行の方法を継続する」と書いてあれば、現場は準備ができます。むしろ危険なのは、営業段階のデモで見せた機能が第1版に入らないケースです。デモで見せた画面のうち何が第1版に含まれるかは、契約前に一覧で確認しておいてください。
