企業単位のCO2と、製品単位のCO2はまったく別の作業
GX対応でまず整理すべきは、算定の粒度です。この2つは、必要なデータも、担当部門も、難易度も違います。
| 企業単位(Scope 1・2・3) | 製品単位(カーボンフットプリント/CFP) | |
|---|---|---|
| データ源 | 電力・燃料の請求書、購買実績、輸送実績 | 工程ごとのエネルギー消費、歩留、材料ロット、設備稼働 |
| 主管 | 経営企画・環境・経理 | 生産技術・品質・製造 |
| 精度 | 排出係数による推計で足りる | 製品ごと・ロットごとの実測が求められる方向 |
| システム | 会計システム+算定ツール | MES+エネルギー計測+トレーサビリティ |
企業単位の算定は、請求書と購買データを集めれば概ね完了します。難しいのは製品単位です。「この製品1個をこのラインで作ったときのCO2」は、工程実績と紐づいたエネルギーデータがなければ計算できません。そしてそれを持っているのはMESだけです。
期限が動いているのはDPP側で、CSRD側ではない
日本語の解説では「EUのサステナビリティ規制は緩和された」という整理が広がっています。半分は正しく、半分は誤解です。
緩和されたのは企業単位の報告義務です。 改正指令(EU) 2026/470(Omnibus I)が2026年2月26日に官報公示され、2026年3月18日に発効しました。すでに報告していたWave 1企業でも、新しい閾値を満たさなくなればFY2025・FY2026について適用対象外となり得ます(各国の国内法化次第)。加盟国の国内法化期限はCSRDが2027年3月19日、CSDDDが2028年7月26日、CSDDDの遵守義務は2029年7月からです。詳細はCSRD/CSDDDのOmnibus I緩和と製造データで扱っています。
緩和されていないのが、製品単位の情報開示です。
法的根拠はESPR(規則(EU) 2024/1781)で、要件は個別の委任法令、または電池規則・包装規則などの独立法で規定されます。2026年7月には実施法と6つのDPP標準によりレジストリの枠組みが確立し、2026年7月20日にレジストリが稼働を開始しました。事業者はEU市場に上市する前に製品を登録し、レジストリが生成する一意の登録識別子をQRコード経由で物理製品と紐づけます。
MESに何を足せばCFPが出せるようになるか
製品単位のCFPを出すために、MESに追加すべきデータは、実はそれほど多くありません。多くの工場ではトレーサビリティの延長線上にあります。
- 工程ごとのエネルギー消費 — 設備単位の電力量計を、工程実績と同じ時間軸で記録する。設備が1台1製品なら按分は不要、共用設備なら稼働時間按分になります(エネルギー管理機能)
- 材料の投入実績とロット — 上流サプライヤーからのCFP値を、投入ロット単位で受け取り、製品に積み上げる
- 歩留と不良 — 不良品の分の排出は良品に按分されます。歩留が悪い工程ほど製品単位のCFPが悪化するという構造は、改善のインセンティブとして機能します
- 副資材・用役 — 圧縮空気、蒸気、冷却水、洗浄剤。工程に紐づけていない工場が大半です
- 算定に使った係数とバージョン — 後日の検証に備え、どの係数でいつ計算したかを記録します
最後の項目が見落とされがちです。CFPは「計算結果」ではなく「計算過程の記録」まで求められる方向にあり、これは監査証跡の設計とまったく同じ発想です。
実装は「標準ベースのデータパイプライン」で進んでいる
欧州では、MESからDPPへのデータ経路が標準ベースで実装され始めています。
Hannover Messe 2026では、Fraunhofer FFBがOPC UAでEUデジタルバッテリーパスポートを実装するPoCを実演しました。参加はFraunhofer FFB、Catena-X、IDSA、IDTA、OPC Foundation、VDA、VDMA、CEN、CENELEC。アーキテクチャは、生産設備がOPC UAで機械データ・プロセスパラメータ・品質情報を収集し、ミドルウェアとクラウド基盤で集約してバッテリーパスポート・リポジトリへ送る構成で、保管基盤にはUA Cloud Libraryを使っています。
OPC Foundationは2026年3月2日にCEN/CENELECとリエゾン協定を締結し、欧州のDPP標準化で協力しています。また、Catena-Xは2026年7月21日、€2,300万の「Data Space Accelerator」を立ち上げ、中小企業の統合を加速するために生産的なデータ参加に対し1社あたり最大€30,000の資金補償を行うと発表しました。
つまり欧州側は、「DPPは大企業の話」ではなく「サプライチェーン全体をオンボードする作業」として、補助金付きで進めています。日本側の議論が「CO2の報告義務」で止まっているうちに、実装のフェーズが進んでいるという状態です。
日本の工場が今年やっておくべきこと
規制の細目が確定するのを待つ必要はありません。確定を待たずに着手できる作業が3つあります。
- 自社製品がどの製品グループに該当するかを確認する — 鉄鋼、繊維、タイヤ、アルミ、家具、ICT製品、電池。完成品でなくても、これらに組み込まれる部品を供給していれば要求は来ます
- 設備単位の電力量計測の現状を棚卸しする — 工場一括のメーターしかない工場が大半です。主要工程の設備に計測点を追加する工事は、MESの設備接続工事と同時に行うと安く済みます
- 投入材料のロット紐づけが取れているかを確認する — 上流からCFP値を受け取っても、どのロットがどの製品に入ったか分からなければ積み上げられません
3つ目は、GX対応というよりトレーサビリティの完成度そのものです。裏返せば、トレーサビリティが取れている工場は、CFP算定への距離が短い。DPPを「MESの新しい出力仕様」として捉える見方はデジタルプロダクトパスポート(DPP)で詳述しています。
よくある質問
CFP算定は専用ツールを買えばよいのではないですか?
算定ツールは計算と報告書出力を担いますが、入力となる一次データは作れません。ツールに渡す「工程ごとのエネルギー消費」「投入材料のロット」「歩留」を生成するのがMESの役割です。逆に、MES側で一次データが取れていれば、算定ツールは比較的容易に差し替えられます。投資順序としては、算定ツールより先に計測とMESの紐づけを固めるほうが手戻りが少なくなります。
二次データ(業界平均の排出係数)ではダメなのですか?
現時点では二次データの使用が広く認められていますが、方向としては一次データの比率を上げる圧力がかかっています。DPPが「コンプライアンス文書」から「原材料調達・運用・保守・セカンドライフ・リサイクルまで追跡するデジタルスレッド」へ位置づけを変えつつあることが理由です。また実務上、二次データでは自社の改善努力が数値に反映されません。省エネ投資をしても業界平均の係数を使っている限り、CFPは下がらないためです。
電池を作っていない会社にもバッテリーパスポートは関係しますか?
製品に電池を組み込んでいれば関係します。EU電池規則にもとづくバッテリーパスポートは、DPP群のなかで最も先行しており、実装の参照モデルにもなっています。電池を扱わない企業でも、先行事例としてアーキテクチャを見ておく価値があります。詳細はEU電池規則とバッテリーパスポートで扱っています。
- Digital Product Passport(European Commission)
- Omnibus Simplification of EU Sustainability Rules (CSRD and CSDDD) Enacted(Gibson Dunn)
- Digital Battery Passports Powered by OPC UA(OPC Connect、2026年6月)
- OPC Foundation Advances Open Standards-Based Digital Product Passport Adoption(OPC Foundation、2026年4月20日)
- Catena-X News(Catena-X)
