見積書を横に並べても比較にならない

MESの相見積もりで起きるのは、金額の比較ではなく見積書の様式の比較です。A社はインフラを含み、B社は「お客様手配」と書いてある。C社は初年度サポートを込み、D社は別建て。社内工数はどの見積書にも載っていません。この状態で総額の小さい順に並べると、実際には最も高くつく提案が最も安く見えることが普通に起こります。

もう一つの構造的な問題は期間です。MES各社のライセンス体系は2026年に入って階層型サブスクリプションへの移行が進んでいます(Proficy 2026はポートフォリオ全体で階層型サブスクリプションへ移行し、Schedulerは完全SaaS化。Siemens Opcenterもサブスクリプションへの移行が進行中です)。初期費用が下がる一方で、5年目までの累計は増えることがあり、しかも更新時の価格改定ルールが契約に書かれていないケースが少なくありません。業界再編でベンダーの資本構造そのものが動いていることはMES業界の地図は2026年に書き換わったの記事で扱っています。

費用シミュレーションの目的は、正確な金額を当てることではありません。前提を明示し、比較可能にし、どこが動くと結論が変わるかを示すことです。

Excelモデルの構成(6ブロック・63費目・5年)

配布しているのはExcel版のシミュレーションモデル(費目シート、前提シート、感度分析シート、稟議用サマリシートの4枚構成)です。

#ブロック費目数含める代表的な費目
1ライセンス/サブスクリプション9本体、モジュール追加、AI機能、端末数課金、非本番環境
2導入サービス14要件定義、設計、開発、データ移行、テスト、教育、立会
3インフラ8サーバ、ストレージ、ネットワーク、端末、バーコード機器
4社内工数11プロジェクト要員、現場ヒアリング、受入テスト、並行運用
5運用・保守13年間保守、ヘルプデスク、バージョンアップ適用、監視
6移行・撤退8既存システム廃止、データ移送、契約終了時のエクスポート
合計63

前提シートで管理する変数は、拠点数、端末数、名前付きユーザー数、年間トランザクション件数、保存年限、社内人件費単価、為替、割引率の8つです。この8つを変えるだけで、6ブロックすべてが再計算される構造にしてあります。

見落とされやすい費目を5つ

1. 非本番環境のライセンス(ブロック1)

開発環境、検証環境、教育環境。規制産業ではバリデーション用の環境も要ります。製品によっては本番と同額のライセンスが必要で、この費目だけでライセンス費が1.5〜2倍になることがあります。見積書に「本番1環境」としか書かれていない場合は、必ず追加で確認してください。

2. 並行運用期間の社内工数(ブロック4)

新旧システムを両方動かす期間の二重入力は、ほぼ確実に発生します。3か月の並行運用で、1ライン当たり1日30分の二重入力が10ラインなら、それだけで約300時間です。この費目は見積書には絶対に載りませんが、実際に現場が負担するコストであり、稟議で聞かれる項目でもあります。

3. バージョンアップ適用の作業費(ブロック5)

年間保守料に「バージョンアップの権利」は含まれていても、適用作業とカスタマイズ部分の追随作業は含まれないのが一般的です。カスタマイズが多いほどこの費目は膨らみます。5年間で2回のメジャーアップグレードを想定し、1回あたりの工数を見積もりに含めさせてください。

4. ストレージの逓増(ブロック3)

MESのデータ量は稼働年数に比例して増えます。保存年限10年、年間トランザクション件数から算出したデータ増分を、5年分の逓増としてモデルに入れています。初年度の見積もりだけで判断すると、4年目以降にインフラの追加投資が必要になることを見落とします。

5. 契約終了時のエクスポート費用(ブロック6)

使わないかもしれない費目ですが、金額をゼロと書くか「未確認」と書くかで意味が変わります。標準形式で全履歴を追加費用なしで取り出せるのか、都度見積もりなのか。ここが未確認のまま契約すると、次のリプレース時に交渉力を失います。データ可搬性の記事で、契約時に確認すべき条項を整理しています。

費用シミュレーションのExcelモデルをお送りします

63費目・5年分の積み上げモデル(前提・感度分析・稟議サマリの4シート構成)を無料でお送りします。貴社の拠点数・端末数を入れた試算のご相談も承ります。

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感度分析をどう作るか

稟議で必ず聞かれるのは「この金額はどれくらい動くのか」です。感度分析シートは、次の4変数について±で振った結果を1枚にまとめる設計にしています。

  1. 端末数(±30%)。 現場端末は要件定義中に増えます。減ることはまずありません
  2. カスタマイズ工数(±50%)。 最も振れ幅が大きい項目です。フィットギャップの結果次第で倍近く動きます
  3. サブスクリプションの年次改定率(0%/3%/5%)。 契約に上限が書かれていない場合、この3ケースを並べて提示します
  4. 稼働開始の遅延(0/3/6か月)。 遅延は導入費用より、効果発現の後ろ倒しと並行運用の延長で効きます

3ケースで出すと稟議が通りやすい

単一の金額ではなく、スコープの異なる3ケースを並べる形が実務では最も通りやすくなります。

ケーススコープ5年TCOの位置づけ
最小1ライン、実績収集とトレーサビリティのみ効果は限定的だが確実に出る範囲
標準1工場全ライン、品質・設備連携を含む推奨案。効果試算の主軸をここに置く
拡張複数拠点、ERP・WMS連携まで将来像。今回は意思決定せず、参考として提示

3ケースを出す目的は選択肢を与えることではなく、「今回決めるのは標準ケースであり、拡張は今回の意思決定に含まれない」ことを明示することです。スコープの境界が曖昧なまま金額だけを示すと、承認後に拡張分まで期待される形で話が進みます。

価格レンジの相場観はMESの導入コストの記事、ライセンス体系の変化そのものはCapexからOpexへの移行の記事を併せて参照してください。保守契約側の確認項目は、ブロック5の13費目にそのまま対応させてあります。

Excelモデルは無料ですか。マクロは入っていますか

無料です。マクロは使っておらず、数式のみで構成しています。社内のセキュリティポリシーでマクロ付きファイルを開けない環境でもそのまま使えます。

相場の金額は入っていますか

費目ごとの単価は入っていません。単価は業種・拠点規模・国内外で大きく変わるため、他社の数字を入れたモデルはかえって判断を誤らせます。入っているのは費目構成と計算ロジック、そして各費目の「見積書に載りやすいか/載りにくいか」の区分です。単価はベンダー見積もりと自社の人件費単価から埋めてください。

既に稼働中のMESがあります。次期更改の検討に使えますか

使えます。その場合はブロック6(移行・撤退)から先に埋めてください。現行システムの撤退費用が確定しないと、更改案と延命案の比較ができません。延命案側は、ブロック5(運用・保守)を10年に延長した列を追加して比較する使い方が一般的です。