同じ月に、複数の企業がそれぞれ「1位」と書いている
中国語で「MES 排名」「MES 厂商 TOP10」と検索すると、大量のランキング記事が並びます。これらを数本読み比べると、すぐに奇妙な事実に気づきます。掲載順位が記事ごとに完全に入れ替わり、しかもどの記事でも、その記事を掲載しているドメインの運営企業か、その関連企業が1位に置かれているのです。
具体例を挙げます。台湾系ベンダーの鼎捷数智(Digiwin)の自社ドメインにも「MESベンダーランキング」型の記事が掲載されていますが、これは同社サイト上の同社に関するコンテンツであり、独立した第三者による市場評価ではありません。黑湖科技の技術ブログには「クラウドMES細分市場でシェア52.7%」という記述がありますが、これも同社の自社発信です。宝信软件の「MES製品の全国市場シェア第1位」も同社の年次報告に基づく自社発信です。
いずれも虚偽とは限りません。市場の切り方を変えれば、複数の企業が同時に「1位」であり得ます。問題は、記事がその切り方を明示しないまま順位だけを提示していることです。
なぜこの構造が生まれるのか
背景には3つの要因があります。
第一に、検索経由でのリード獲得がMESベンダーの主要な集客手段になっていること。中国の中小工場向けMES市場は、補助金政策によって新規需要が急増しました。買い手の多くは初めてMESを検討する企業であり、まず検索します。この層をどう捕まえるかが売上に直結します。
第二に、「ランキング」という形式が最も検索されやすいこと。「MESとは」よりも「MES 厂商 排名」のほうが購買意思の強い読者を集められます。ベンダーにとって費用対効果が最も高い記事形式です。
第三に、有償の市場調査レポートが高価であること。IDCや赛迪顾问(CCID)の詳細レポートは有償で、価格は個人や中小企業が気軽に買える水準ではありません。無料で読める市場情報がベンダー発信のものしかない、という空白が生まれます。
結果として、市場情報の供給が事実上ベンダーの広告予算で賄われている状態になります。これはモラルの問題というより、情報の供給構造の問題です。
見分けるための6つのチェックポイント
社内で中国語のMES関連記事を扱う際は、次の6点を確認してください。1つでも該当すれば、市場情報としての利用は避けるべきです。
| # | チェック項目 | 該当した場合の意味 |
|---|---|---|
| 1 | 記事のドメインがベンダー自社サイトか | 自社に関する記述はすべて自社発信。順位は社内基準 |
| 2 | 調査機関名・調査時期・調査手法の3点が揃っているか | 1つでも欠けていれば数字の検証ができない |
| 3 | 「市場」の定義が書かれているか | MESソフト単体か、SI込みか、MOM/ERPを含むかで数字は数倍変わる |
| 4 | 同一の数字が複数の独立した媒体で確認できるか | ベンダー発の数字が転載で拡散しているだけの場合がある |
| 5 | 順位1位の企業と、記事の発信元に資本・取引関係があるか | 関係があれば独立性がない |
| 6 | 出典として挙げられたレポートの原本にアクセスできるか | 「IDCによると」だけで原本の版数・章が特定できない場合は要注意 |
特に 3番(市場の定義) は決定的です。中国のMES市場規模の公表値は、2023年142.8億元(中国报告大厅、2025年1月3日)、2024年のMESソフトで65億元超(新浪财经、2025年2月8日)、2025年下期〜2026年上期で328.7億元(赛迪顾问のデータをベンダーが引用したもの)と、定義次第で4〜5倍のレンジに開きます。同じ市場の数字とは思えない開きですが、それぞれの定義を確認すれば説明はつきます。
では、何を判断材料にするのか
代替となる情報源は限られますが、存在します。信頼度の高い順に挙げます。
1. 上場企業の年次報告・開示資料。中国のMES関連企業の多くは上場しています。中控技术(688777)、赛意信息(300687)、宝信软件、用友网络、金蝶国际などは、証券取引所の開示システムで年次報告の原本が公開されています。ここに書かれた売上高・セグメント別内訳・顧客数は、監査を受けた数字です。順位はわかりませんが、規模と成長率はわかります。
2. 政府・業界団体の公表資料。工信部、赛迪顾问(工信部系のシンクタンク)、地方の工信庁が公表する統計は、定義が明示されている場合が多く、複数年で比較できます。
3. 財新・21世紀経済報道などの経済メディア。独立した取材に基づく報道であり、企業の広報発表を検証する記述が含まれます。
4. 同業日系企業への実導入ヒアリング。最終的にはこれが最も価値の高い情報です。同じ業種・同じ規模の日系工場が、どのベンダーをどの範囲で導入し、何につまずいたか。公開情報では絶対に得られない粒度の情報が得られます。
日本語圏も構造は同じである
この問題は中国固有ではありません。日本語で「MES 比較」「MES おすすめ」と検索したときに並ぶ記事の多くも、ベンダー公式サイトの記載を要約したもの、あるいは掲載企業から掲載料を得ている比較サイトです。掲載企業数が限られ、どの記事から入っても行き着く先が同じ数社になる、という構造も共通しています。
違いは程度ではなく読者の警戒度です。日本語の記事は「日本語だから」という理由で無条件に信頼されやすく、中国語の記事は翻訳の手間があるぶん、かえって慎重に扱われることがあります。実態は同型です。
判断の指針はシンプルです。その記事が「誰の費用で、誰のために書かれたか」を確認できるか。著者名・監修者・出典・掲載基準が示されていない比較記事は、言語を問わず市場情報として扱わない。この基準を社内の情報収集ルールに入れておくことをおすすめします。
よくある質問
IDCや赛迪顾问のレポートは買う価値がありますか
中国拠点でのベンダー選定を複数回行う予定があるなら、価値があります。定義が明示され、複数年で比較でき、順位の根拠となる算定基準が示されているためです。ただし単発の選定案件であれば、レポート購入費より、同業日系企業へのヒアリングと現地ベンダー数社への提案依頼に予算を使うほうが実務的な情報が得られます。
ベンダー発信の情報は一切使ってはいけませんか
使えます。ただし「事実」ではなく「同社の主張」として扱ってください。特に製品仕様・対応標準・導入期間の目安・価格レンジは、ベンダー発信でしか得られない情報です。使えないのは順位とシェアです。この2つは市場定義に依存するため、発信者が自由に設計できます。
中国のMES市場規模を社内資料で説明するときはどう書けばよいですか
単一の数字を出さず、「定義によって65億元から330億元まで開きがある」という事実ごと書くのが誠実です。そのうえで、自社が知りたいのが何か(MESソフトの市場か、実装サービスを含む投資総額か)を明確にし、それに対応する定義の数字を選んでください。数字を1つに絞る必要がある場面では、出所・時期・定義を必ず脚注に入れてください。
