データで見る現在地:オンプレが6割、クラウドは着実に伸びる

まず数字を確認します。導入形態の実態を語るとき、体感やベンダーの発信ではなく市場データから入るべきです。

MES市場に占めるオンプレミス比率(2025年)
62.46%
Mordor Intelligence(2026年8月3日)。依然としてマジョリティ
クラウド型MESのCAGR(〜2031年)
10.12%
同調査。市場全体のCAGR 9.23%をやや上回る
北米のクラウドMES CAGR
15.2%
The Insight Partners(2026年6月29日)。地域差が大きい
過去1年でサイバーインシデントを経験した割合
46%
Rockwell調査(17カ国1,560名/2026年7月28日公開)

この4つの数字から読み取れることは3点あります。

1つ目。オンプレミスは減っていません。クラウド比率は伸びていますが、その伸びは市場全体の成長にやや上乗せする程度です。「もうオンプレは古い」という言説は、少なくとも2025年の実績データとは整合しません。

2つ目。地域差が大きい。北米のクラウドCAGRが15.2%であるのに対し、全体は10.12%です。北米が牽引し、他地域が追随する構図が続いています。日本市場については独立した信頼できる数値が見当たらず、断定はできませんが、在中日系企業を含めたアジア拠点では、閉域ネットワーク前提の運用が依然として標準的という実務感覚と、この地域差は矛盾しません。

3つ目。セキュリティは「クラウドだから危険」という話ではなくなった。MESユーザーの46%が過去1年でサイバーインシデントを経験しているという数字は、オンプレ/クラウドを問わない実態です。ここは後述します。

なお、Mordor Intelligenceが2026年8月の調査で「エッジベース」を独立したセグメントとして分類し始めた点は示唆的です。二分法そのものが、統計の側からも崩れつつあります。なお、MES市場の規模そのものは調査会社によって2025年基準で144.7億〜176億ドルと2割以上の開きがあり、比率データもこの定義差の上に乗っている点は留意が必要です。

二項対立が終わった理由:同じものを両方に置けるようになった

「クラウドかオンプレか」が意味のある問いだった時代、両者は別の製品でした。オンプレ版とSaaS版は機能が違い、アップデート周期も違い、移行には再構築が必要でした。

2025〜2026年に、この前提が崩れました。主要ベンダーがコンテナ化によって、同一のソフトウェアを配置先だけ変えて展開できる構成へ移行したためです。

  • Siemens の Opcenter MES Medical Device 2607(2026年8月14日リリース)は、Kubernetes+Linuxコンテナ化アーキテクチャを採用し、オンプレミス/プライベートクラウド/AWS/Microsoft上のVPCのいずれにも展開可能としています。同アーキテクチャによってゼロダウンタイム更新を実現したとされています。
  • Velotic(旧GE Vernova Proficy) の Proficy 2026 は、「クラウドネイティブなオンプレミス展開(cloud-native on-premises deployment)」という表現を採用しました。フルSaaS化されているのは Proficy Scheduler のみで、MES本体はオンプレでもクラウドネイティブな構成で動きます。
  • Rockwell の FactoryTalk ResilientEdge(2026年6月18日発表)は、エッジでのリアルタイム実行+クラウドスケールの分析/AIというハイブリッド構成を明示し、ネットワーク断でも操業を継続する設計を掲げています。

標準側も追認しています。ANSI/ISA-95.00.01-2025(IEC 62264-1 Mod)が2025年4月10日に発行され、2010年版以来15年ぶりの改訂でモジュラー/コンテナ化アーキテクチャ(オンプレミス・クラウド・ハイブリッド)への対応が正式に取り込まれました。詳細はISA-95 Part 1 が2025年に15年ぶり改訂で扱っています。

MESの4つの配置パターン ① フルオンプレ MES本体 工場内サーバ 分析・帳票 工場内サーバ 閉域・完全自社統制 更新は自社責任 向く:規制産業 回線が細い拠点 ② エッジ+クラウド 実行・指図・実績 工場エッジ 分析・AI・横断KPI クラウド 断線時も操業継続 設計は最も複雑 向く:多拠点 AI活用を前提とする場合 ③ クラウドネイティブ なオンプレ コンテナ基盤 自社データセンタ SaaSと同じ実装を 自社環境で動かす 将来クラウドへ移せる 運用にK8s要員が要る 向く:段階移行 データ越境規制のある拠点 ④ フルSaaS 全機能 ベンダークラウド 初期費用が最小 更新はベンダー主導 回線断=操業停止 向く:1〜2拠点 情シス要員が少ない企業
2026年の実務的な選択肢は4つ。二択ではなく「どの機能をどこに置くか」の配分問題になっている。

5つの判断軸

配置を決める判断は、次の5軸で行います。製品の優劣ではなく、自社の条件で決まる項目ばかりであることに注意してください。

判断軸オンプレ/エッジ寄りになる条件クラウド寄りになる条件
停止許容時間回線断で操業が止められない。数分の停止も許容できない数十分の停止を運用でカバーできる
拠点数と横断分析単一拠点。横断で見る必要がない3拠点以上。拠点横断のKPI比較が目的にある
データの越境・所在規制中国・EUなど、データ所在に法的制約のある拠点を含む国内単一拠点、または規制のない地域のみ
社内の運用要員サーバ・OS・DBを維持できる要員が社内にいる情シスが少人数。インフラ運用を外に出したい
予算の性格設備投資枠(Capex)で稟議を通す前提経費枠(Opex)で毎年の支出として計上できる

5行目の予算の性格は、技術判断ではないのに結論を左右する重要な軸です。MESのライセンスモデルは業界全体でサブスクリプションへ移行しており、Velotic(旧Proficy)は Proficy 2026 でポートフォリオ全体に階層型の価格・ライセンスモデルを導入しました。「Capexで一括計上する」という前提の稟議フォーマットが、そもそも成立しなくなりつつあるわけです。この変化がもたらす実務的影響はMES予算がCapexからOpexへで扱っています。

「クラウドネイティブなオンプレミス」という第3の道

図の③にあたる構成が、2026年に現実的な選択肢として浮上しました。SaaSと同じコンテナ実装を、自社が管理する環境で動かす形態です。

この構成の利点は3つあります。

  1. 将来クラウドへ移せる。 同一実装のため、移行時に再構築が要りません。「いまは閉域だが、3年後に判断したい」という企業にとって、選択肢を残す手段になります。
  2. 更新の負担が下がる。 コンテナ化によってゼロダウンタイム更新が可能になった製品では、オンプレでもバージョン追随の負担が軽くなります。
  3. データ所在の要件を満たせる。 中国のようにデータの国内保存が求められる拠点でも、同じ製品構成を使えます。

一方で、代償もはっきりしています。Kubernetesを運用できる要員が社内または保守ベンダー側に必要です。従来のWindowsサーバ運用の延長では扱えません。この人的要件を見積もらずに③を選ぶと、「オンプレなのにベンダーがいないと何もできない」という最悪の状態になります。

契約時に確認すべき3点

配置形態を問わず、契約前に確認すべき条項があります。とくにクラウド/サブスクリプション型では、後から交渉できない項目が増えます。

  1. データの取り出し条件。 解約時に、どの形式で、どの範囲のデータを、いつまでに取り出せるか。「CSVで出力可能」だけでは不十分で、マスタ・トランザクション・監査証跡・添付ファイルのそれぞれについて確認します。監査証跡が取り出せない契約は、規制産業では致命的です。
  2. バージョンアップの拒否可能期間。 SaaSでは原則としてベンダーの更新スケジュールに従います。GxP環境ではバリデーションが必要なため、更新を延期できる期間と、その間のサポート条件を明記させてください。
  3. 稼働率保証(SLA)と、下回った場合の措置。 「99.9%」という数字だけでなく、計画停止が除外されるか、返金なのか役務なのか、そして操業停止による損害は補償対象外であることの確認まで含めます。3点目は例外なくベンダー側の免責になるので、その前提でBCPを設計する必要があります。

クラウド前提で検討を進める企業向けの整理はクラウド前提で考えたい企業のMES選びにまとめています。

よくある質問

工場の回線が細く、クラウドは無理だと思っています。判断は正しいですか?

「MES全体をクラウドに置く」なら、その判断は妥当です。ただし図の②のように、実行系をエッジに置き、分析系だけをクラウドに送る構成であれば、必要な帯域は大幅に減ります。実績データの同期は数分〜数十分の遅延を許容できることが多く、リアルタイム性が必要なのは工程内の指図と実績収集だけです。「どの機能に何ミリ秒の応答が必要か」を機能単位で洗い出すと、回線制約の下でも取れる構成が見つかります。

SaaSのMESは、5年総額でオンプレより高くなりますか?

条件次第です。ライセンス費だけを比べればSaaSが高くなるケースが多いのですが、オンプレ側にはサーバ調達、OS/DBライセンス、データセンタ費用、5年目のハードウェア更新、運用要員の人件費が乗ります。これらを含めた総所有コストで比較すると、拠点数が少なく情シス要員が薄い企業ではSaaSが下回ることがあります。比較表を作るときは、オンプレ側に「サーバ更新1回分」を必ず入れてください。これを入れ忘れた比較が非常に多く見られます。

中国拠点を含むグローバル展開では、どう考えるべきですか?

データの越境移転規制の影響を最初に確認してください。中国拠点で生成した生産データを本社のクラウドへ送る構成は、規制の対象になりうるため、拠点内で完結する層と本社へ送る層を分ける二層構成が現実的です。図の③(クラウドネイティブなオンプレ)が有力な選択肢になります。中国の規制の現況については中国のデータ越境規制は緩和されているを参照してください。